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[特撮]炎神戦隊ゴーオンジャー: Twitter


読み仮名: えんじんせんたいごうおんじゃー / 英語タイトル: Enjin Sentai Go-onger
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特撮/人形劇総合点=平均点x評価数86位/476作品中(総合24/偏差値53.94) 85位<= =>87位
特撮/人形劇平均点(評価10個以上限)120位/179作品中(平均0.80=良い/30評価) 119位<= =>121位
2008年特撮/人形劇総合点1位/11作品中 =>2位



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最新作品評価

2012/04/24 悪い(-1 pnt) by Sacky
【総合評価】
商業面・内容面共に支離滅裂だった前作『獣拳戦隊ゲキレンジャー』の反省からか、徹底的に明快な勧善懲悪の王道娯楽作を目指して製作されたのがこの作品だ。「激走戦隊カーレンジャー」以来の車モチーフに、これまでは一人だった「追加戦士」を二人追加させる、変身プロセスが一旦スーツで胴体部分を覆って空中に出現したマスクをかぶるメットオンという演出で、スーツとマスクが別パーツであることを明示している。またこれにより過去の戦隊シリーズ作品と比べ変身後のゴーオンジャーがマスクを脱いで変身前の俳優が顔出しで出演するというシーンが頻繁に見られた。これは「カーレンジャー」以上に車、そしてレーサーというモチーフを突き詰めた結果だと言え個人的にはなかなかの好印象であった。

ただ、だがこの作品は「勢い」自体はあるのだが結局ただそれだけに終始してしまった作品だった。この作品メインの脚本が武上氏のせいもあってか「ガオレンジャー」同様かなりご都合主義の展開が目立つ。もっとも「スーパー戦隊シリーズ」そのものが本来緩いと言えば緩い作品だし、ギャグありシリアスありで作られてきているのだからあんまり目くじらを立てて批判するのもどうかとは思うのだが、それでも今の時代にこの感覚はないだろうという気もするのも事実だ。ではどういった部分がダメなのかというと以下の通りだ。

1、中途半端に一話完結な脚本

2、味方も敵も一人一人の存在感が希薄

3、終盤の展開が陳腐で安っぽい

今回はこれらをもって批評とする。

1、中途半端に一話完結な脚本
今回の「ゴーオンジャー」は「マジレンジャー」「ボウケンジャー」「ゲキレンジャー」と比較すると一話完結的な要素が強くなっている。まあ厳密に言うと「一話で強引に完結してそのまま放ったらかし」という状態の連続なわけだが…まず導入部分からして作りが雑である。この作品では「ゴーオンジャー」が最初から正義の味方として戦っているという設定だが、なぜゴーオンジャーのメンバーが走輔たちなのかという背景がまるで描かれていない。「ジェットマン」の竜以外のメンバーや「メガレンジャー」の5人のようにその場の成り行きで巻き込まれて戦士になったわけでもなく、「ギンガマン」や「ジュウレンジャー」、「デカレンジャー」のように何かしらの資質を正当に認められて選ばれたわけでもない。一応彼らがゴーオンジャーになる前の職業に関して説明されてはいるものの、なぜそれらを捨ててまでゴーオンジャーにならなければならなかったのかとかゴーオンジャーとしてどのように生計を立てているのかとかいった基本的な部分すらも説明がなされていないままだった。

また初期のゴーオンジャーの活動を見ていながらもその未熟さ、馬鹿さ加減を淡々と指摘していた軍平や大翔に関してもそれで「ジェットマン」や「シンケンジャー」のようにもっとメンバー同士での対立、軋轢が掘り下げられて描かれるのかと思ったら、単にその場を盛り上げるためだけの付焼刃的な演出でしかないようで、何を根拠にどう改心していったのか、或いは打ち解けるようになっていったのかまでは全然描かれていない。せめて「ギンガマン」の黒騎士ブルブラックのように弟を殺され星まで潰されて星を守る戦士としての使命を完全に見失っていたという裏付けがあって描かれているのならともかく「デカレンジャー」同様「そういう役割だからそう演じているだけ」に過ぎない。もしこれでもって製作側が「昔気質の正義のヒーローエンターテイメント」を描いていたつもりであるならそれは大間違いのど阿呆としか言いようがない。

確かに「仮面ライダー」にしろ「秘密戦隊ゴレンジャー」にしろ昔のヒーローは一話完結形式だ。だが、だからといってここまで雑な作りのものばかりではない。まずきちんと正義の戦士になるまでの導入はしっかりしていたしキャラクターに関しても一話追う毎にそれなりの段階というものを踏んでいったはずだ。また敵組織ガイアークの三大臣の内二人がが善人化して反逆を起こす展開も唐突でご都合主義的だ。そもそもそこまでキタネイダスとケガレシア自体単にヨゴシュタインに従っていただけの有象無象でしかなく内面描写や個性など無きに等しかったのに、それがここに来ていきなりの反逆である。しかもその理由がこれまたいきなりで「ヨゴシュタインの横暴な扱いに我慢できなくなったから」などというしょうもない理由である。いや、悪の組織に限らないが上司の言い分が理不尽であるということなど社会に出れば幾らでもあることであり取ってつけたようにそこだけ急にクローズアップされても…「ゴーカイジャー」での唐突な出世欲で暴れていただけのインサーン並にご都合にもほどがある展開だ。

勿論善人化する敵を描くなと言っているわけではない。これに関しても「仮面ライダーアマゾン」のモグラ獣人や「仮面ライダーBLACK」のクジラ怪人、「ジェットマン」のドライヤー次元などのように元々敵にそこまで闘ったり滅ぼしたりしようという意思がなく正義の味方に助けてもらって恩義を感じて葛藤が生じるといったそれ相応のドラマを見せることが出来ればちゃんとした理屈でもって共感し納得できたはずである。それが何の伏線もなく突然あの話の中でポッと出で描かれても何がなんだかさっぱり分からない。いくらある程度のアバウトさが許される戦隊シリーズといえど基本の作劇を疎かにしてはならない。勿論この作品はそういう批判が来ることを承知の上で作っているのだろうが、「子供向けだからこういう展開をしてもいい」というのは免罪符にはならない。こういう結末ありきかつその場しのぎのご都合主義な脚本には「ジュウレンジャー」同様頭がくらくらしたものだ。

2、味方も敵も一人一人の存在感が希薄
上で述べたような中途半端な一話完結スタイルのワンパターンな脚本・演出のデメリットとして最も大きいのは敵味方問わず一人一人のキャラクターの存在感が希薄になってしまったことだ。「うるさくて底抜けに馬鹿なメンバーたち」という全体的な印象は強烈なのだが、その分一人一人のメンバーの存在感が希薄になってしまい印象に残るキャラクターが見当たらないのが二つ目の欠点として挙げられる。「デカレンジャー」以上にキャラクターの記号化が進み個々のキャストの演技力ではなく集団でいかにそれっぽい口調や仕草で「ゴーオンジャー」としての存在感を示すかということにあった。こういう集団芝居の出来は確かになかなかの完成度と言えるかもしれない。しかし、ずっと押しの強い芝居を強調しすぎており変化や緩急がついていない。その為に一つ一つのお芝居のニュアンスや間といったものが吹っ飛んでしまいかえって平板な印象を強めてしまったように思う。

ただ、ここで強調しておきたいことは「完成度が高い」と行っても、いわゆる劇団の舞台俳優やミュージカルで演じられる集団芝居のレベルには程遠いということだ。「ゴーカイジャー」の批評でも書いたことだが、私がスーパー戦隊シリーズに期待しているのはこの種の「中途半端に出来のいい学芸会」ではない。もっとも学芸会の方がもっとまともなの出来そうな気もするのだが…。ただし、一人一人のキャラクター存在感が希薄なのは脚本・演出だけの問題だけではないだろう。はっきり言ってこの作品のキャストには色気や魅力といったものがまるで感じられない。例えば走輔役の古原靖久は演じる本人のキャラも相俟って熱血系バカのレッドとしては頭一つ抜けた感じのカッコよさはあるのだが、それでも熱血バカレッドとしてはかつての「ダイレンジャー」の亮や「ゴーゴーファイブ」のマトイに比べると見劣りしてしまう。

ゴーオンブラックの軍平にしても、性格や信条がそこそ描かれている方でストーリー的には美味しい役どころの筈なのだが、演じる海老澤健次が棒読みの素人演技なためか単にお馬鹿で憎たらしいだけの気持ち悪いナルシストで魅力が感じられない。演出的にもあまり力が入っていないようだ。とにかく「勧善懲悪」ありきのシンプルさ(というか説明不足なだけ)だけを重視した脚本と演出に凝ってしまったせいでこういった弊害が出てしまったようだ。ところで、ちょっと前に某所で「庶民的で等身大のヒーロー達は子供達と同じ目線に立っており非常に親しみやすいものとなっている。特に常に登場する口癖などで個々のキャラクターを明確にしている」ことがゴーオンジャーのキャラの魅力だというのを目にしたが、私としては到底この意見は的外れだと思う。まず日本語の問題として「目線に立つ」ではなく「目線で見る」か「視点に立つ」である。次に「庶民的で等身大のヒーロー達」が「非常に親しみやすい」のは勘違いだ。例え庶民的でなくとも等身大でなくても子供たちは親しみや憧れを持てる。「仮面ライダー」の本郷猛にしろ「秘密戦隊ゴレンジャー」の海城剛にしろそのスペックや能力を見ればそれこそ明らかに超人的であり到底庶民的でもなければ等身大でもないだろう。でも理屈抜きにかっこいいと言えるヒーローである。

このような意見が出てくるのは恐らく最近流行りのギャルゲー的或いはラノベ的な共感できる等身大の主人公が持て囃されているからだろう。しかしそのことと子供から見て憧れられる「強いヒーロー」とは基本関係ない。勿論時代性の影響もあろうし今は特に正義と悪の境界が曖昧ではあるのだが、それでも強いヒーローは厳然として存在しているのだから間違いない。勿論強さとは肉体的・戦闘的な強さではなく精神的な強さのことだ。そしてそれを負うに相応しい気迫や覚悟を己の中にきちんと持っているかどうか、そこにかかっているのではないだろうか。その点で見ればゴーオンジャーは確かに強いと言えば強いのだろうが役者の演技力の下手さと魅力の無さ、脚本・演出的な掘り下げの甘さの両方が相俟ってとてもそんな風には感じられないのである。1年を通して成長や変化が描かれていないということももちろんあるのだろうがこれだけは言い訳のしようがない。そして「特に常に登場する口癖などで個々のキャラクターを明確にしている」だが、「キャラが立っている」ことと「キャラが記号化されている」こととは違う。昨今特にアニメでもドラマでも特撮でも「キャラの記号化」が進んでいるが、どうも変な口癖や仕草を役割通りに演じさせることが個性と勘違いしている風潮があるようだ。まあアニメや漫画のキャラクターならそれでまだ済まされるところもあろうが三次元の人間がそれをやったところで寒いだけだ。しかしこの種の勘違いが未だに根強く残り続けているアニメ・特撮界の状況って何なんだろうとは思う。東浩紀が言う「動物化したポストモダン」ってやつなんだろうか。

まあ、そうでなければ走輔が戦闘不能になった時に「本当…凄かったっスね…走輔って…」「いつも挫けず突っ走って、みんなを笑顔にしてくれた…」「いつも僕らをドキドキと、愉快にしてくれた…」「馬鹿なことしてても、何かキラキラしてて…」「俺の知らない強さを持っていて…」「あいつは、最高のヒーローだった…」などと一々口にしなくてもいいことをわざわざ台詞にして言わせるなんてことやるわけもないか。ついでに「絶対的な悪」の癖に唐突に反逆を起こす敵幹部なんてアホな展開もやらないだろうしな。

3、終盤の展開が陳腐で安っぽい
とまあ、こんな感じで昔の作品の悪い所ばかりを真似してしまったものだから終盤の展開も訳の分からないものになってしまった。なんとここで武上氏は「メンバーを一度死なせた癖になぜか訳が分からないまま都合良く復活」などという「死ぬ死ぬ詐欺」をやらかしてしまっている。これは同じ氏がメインで担当した「百獣戦隊ガオレンジャー」でも見られた超ご都合主義的展開だが、それをこの「ゴーオンジャー」で大々的に見せつけられるとは思わなかった。まあ特撮作品である以上ある程度のご都合は許せるがこうも大々的に無茶やられるととても感動できない。

最終バトルもここ最近の戦隊の例に違わずあっさりと終わってしまいカタルシスもなにも感じられなかった。メット部分が壊されるシーンにも「生身名乗りをさせたくて無理矢理シチュエーションありきて作った」としか思えない。素顔の演技にしても2で述べたように個々人の演技が下手くそなのであの流れでもってこられても全然燃えない。あまり効果的ではなかったし、例の如く、あっさりとヨゴシマクリタインが倒され、正直そこまでの苦労は一体何だったんだという感じだ。ゴーゴーファイブの最終回で唐突にマックスビクトリーロボブラックバージョンが出てきて一発で片付いたことやガオレンジャー最終回はアニマルハートでフルボッコしてあっさり逆転という武上氏の悪い癖が悉く詰まったかのような展開だった。

戦い終わったその後の人生にしても、ガイアークを全滅させなかったことにしても「どうせシンケンジャーVSゴーオンジャーのために利用できるからそうしたいだけだろ?」という風にしか見えなかった。この傾向に関しては翌年の「シンケンジャー」でもそうだったし、最近の戦隊ものはどうもVSシリーズでの共演を可能にしたいから無理に悪を全滅させずあえて残しておきたいというビジネスライクな作劇が見え見えでなんだかなーという感じだ。こういう見え透いた手を使わなければならないほどここ最近の東映特撮は益々バンダイの言いなりになってきているようだ。とはいえ、玩具が売れてシリーズ自体が打ち切りにならなかったことは良かったと言えば良かったことなのかもしれない。

さて、そろそろ話をまとめるが、見て分かるように正直この「ゴーオンジャー」も作品としては前作「ゲキレンジャー」ほど差はない。単におバカをやっているだけで年間の見通しなどまるで立てずにやっていたのが丸分かりだ。及川奈央にしてもギャグタッチの作風にしても全部受け狙いでそうしているとしか思えず、しかもどれも全部空回っており作品全体としての凝集度は極めて低い。無茶苦茶だったが、ただ「駄作」と言い切るには捨てがたい部分もあったのは事実だ。よって最終評価は「悪い」としたい。


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