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| 2009/05/09 良い(+1 pnt) by asuka BSで「花とアリス」の岩井俊二監督・・・・・とあったから見てみたら、岩井監督はプロデュースしただけでした。 でも、主人公のヒロインとの出会いが「ストーカー」がらみだったことといい、「花とアリス」を連想させるシーンが多々あった。 なんだか、あの無鉄砲に愚直な花のその後、高校生から大学生、社会人になった花の行く末を見たようでなぜか切なくなりました。 岩井監督の表現で好きなのは、ヒロインの天然さというか思いっきりズレていて、ずっこけていて、イタイのに、 なぜかそれが可愛く見えてしまう、魅力にあると思う。 何にも格好つけていないのに、何も格好つけようともしていない格好つかなくてダサいのに、 それが奇跡的に可愛く魅力的に見えてしまう種類の、不思議な人間が描かれている。 ヒロインの女友達をストーカーしている主人公、普通の感覚なら思いっきり引くところを、 まるで、自分と同じにおいをかぎつけたかのような親近感を徐々に抱き始めるヒロイン。 あまり普通の感覚で動いていないヒロイン。 少し、かなり、普通とはズレた感性で、格好良さとも、器用さとも縁のない、普通とはズレてしまいがちな人々の不器用さを、 受け入れてくれるような安心感がある。 この映画に出てきる人の大半が、みんな、どこか、「イタイ」人たちだ。 そんな人間性を個性としてユーモラスにコミカルに描き受け入れているような感じがしてわたしなどはそこに安心を見出してしまう。 ・ 上野樹里演じる佐藤あおいが、何も突出したところのない、普通すぎるくらいの普通の存在感で、女優として、逆にすごいと思った。 映画の冒頭で、うだつのあがらない掃き溜めのような日常を送っていた主人公の世界で、ヒロイン、佐藤あおいは死んでしまう。 泥沼のようなささやかな日常の中で、突然起きた身近な人の死、という劇的さ。 けれど、身近な人の死、という劇的さに立ち会った誰をも、淡々とした日常の続きのようにして描いていく。 主人公の回想で、映画の間中、劇中劇として、佐藤あおい演じる映画「エンド・ワールド」が流れる。 世界の終わりに直面した少女の物語。 けれど現実の主人公の世界にとって、現実の佐藤あおいの世界にとって、すでに世界は終わって「エンド・ワールド」になっている。 映画の中で、「エンド・ワールド」という作品を演じているあおいの存在と、主人公の回想として、映画の中で生き生きと生きているあおいの存在と、 すでに回想の中でしか生きられず、今はもう「エンド・ワールド」にいるあおいの不在とが何層にも複雑に交差する、死者の存在感が視聴者に喚起される。 泥沼のようなささやかな日常の中で、本当に劇的なことは、人が死ぬことではなく、 命の終わり、世界の終わりまで、人がささやかに生きていることなのだ。 主人公の回想に連れられて、世界が終わる前のあおいの姿に出会っていきながらそう思う。 劇中劇の映画、佐藤あおい演じる「エンド・ワールド」が世界の終わりに直面しながら、全てを投げ出しそうになっても、 それでも最後の一日まで、好きな人と出会う喜びに生きる価値を見出す人間の物語だったように。 ・ 映画作りにかける純粋なひたむきさは青春。 友達以上になれない男女の微妙な心理を表現する小道具はにくらしいくらいかわいい。 社会人になる前の、誰になったらいいのか社会とは何なのか、大人とは何なのか、 社会に出る前、大人になる前の卵の殻に守られているような大学生活の中で、 そうしたことに真剣に向き合うよりもどこか大したことないとごまかしながらそれでも焦燥している心情のリアリティがあった。 主題は、友達以上になれなかった女性が思いを伝えられないまま死んでしまい、 だから、生きていること、生きている人を、生きている間に大事にしようということなのだろうけど、 使い古された、陳腐ですらある主題を、それでも魅力的に見せられたのは、 こうした「生きていること」、「生きている彼ら」の存在が不器用で、格好つかないのだけど、だからこそ、必死に、一生懸命に、 けれど悲愴さなど拭い去って、哀しいくらいコミカルに生きてることを見せられているからだと思う。 「花とアリス」でもそうだったけどアイドル女優(というのだと思う)の相田翔子さんがこれほど猟奇的に見えたことはない。 清楚ではかなげな微笑みも、こういう作品に出ると裏でどれだけあくどいことをしてるのかと勘ぐらせる様などす黒さに染まってしまうのがすごい。 誰もが自然すぎるくらい自然な演技をしていて俳優の思っても見ない一面を引き出す、監督の演出力としてすごいと思う。 相田翔子さん演じる女性を見て、手軽に女をハントしようと怪しげな店に行くこと、 電波なことをいう女、イタイ女、突然家に押しかける女、年齢のさばを読む女には気をつけなければいけないのだと思った。 この映画で一番好きなシーンは、ヒロインは意識しているのに、主人公から抱きしめられ、「おまえには女を感じない」といわれ、 事実上、面と向かって失恋した路上のシーン。 事実上、ヒロインの世界が「エンド・ワールド」してしまったシーン。 人生で一番大事なことがなんでもないようなときに、なんでもないようなところでなんでもないことのように起きる、てらいのなさがリアル。 主人公に振られた直後、野獣のように吼える、ヒロイン。 ヒロインの足元で、がらがらと世界が崩れていく音が実際に聞こえるような暴れっぷり。 取り繕いも、格好も、なりふりかまわずとっちらかってぶちまけるヒロインの、格好悪さ、切実さ。 見栄も、取り繕いも、かっこよさもない純粋な不器用さ、なりふりかまわなさ、だからこそ胸を打つ、人が生きることの切実さ。 上野樹里さんの、自意識をかなぐり捨てた捨て身の演技が爽快なほどだった。 こんなにも全力で体当たりするほど主人公が好きなヒロインの飾らない、不器用で飾れない真っ直ぐさ、可愛らしさが爆発する。 岩井俊二監督が描く人物はみんな不器用で、普通とか正常とは少しズレていて、なりふりかまわずとっちらかっていて、 純粋で激しく真っ直ぐな人たちだと思う。 劇中劇の中で、あおいと主人公がキスするシーンであおいが思いっきり主人公の唇に噛み付くところなどはかなりイタい。 そしてそれもなぜだか、可愛らしい不器用な魅力として見えてしまう。 彼らは、何かに失敗し何かを喪っているけれど愛おしく、同じように何かを喪い、 何かに失敗している自分が生きることも大事なもののように思えてくる。 微妙に常に予想を裏切る、ズレた会話も、なんだか不器用でかえっておしゃれでかわいい。 ・ この映画は、青春映画、恋愛映画、感動映画というよりも、決して完全にはなりえない人間への愛しさを描き、 今を生きる全ての不器用な人たち、不器用だからこそ、必死に切実に生きている人たちへの、 ささやかな、生きることへのエールなのだと思う。 |
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